鑑定士でなくても鑑定会社は買えるのか?不動産会社・士業法人が押さえるべき専任鑑定士要件と独立性のルール
不動産会社・税理士法人・金融系企業が鑑定会社を買収する際の要点を整理。専任鑑定士要件(第35条)、鑑定士離職で登録要件を欠くリスクと残留インセンティブ、グループ内案件の受任ルールと利害関係の開示、内製化のメリットと限界を不動産鑑定士が解説します。
「自社に鑑定機能を持ちたい。でも代表が鑑定士でない会社が鑑定会社を買っても、登録は維持できるのか」。不動産会社や税理士法人、金融系企業のあなたから、この質問をよく受けます。
結論から言えば、買い手が鑑定士でなくても鑑定会社の買収は可能です。ただし、鑑定業者登録を維持できるかどうかは「専任の不動産鑑定士が残るか」という一点にかかっています。そして買収後に鑑定評価の独立性を保てなければ、せっかくの鑑定機能が使えない場面が出てきます。不動産鑑定士として、法律の要件と実務上の落とし穴を整理します。
買い手が鑑定士でなくても買収できる。ただし「専任鑑定士」がすべて
株式譲渡なら法人格が続き、登録も維持される
鑑定会社を株式譲渡(対象会社の株式を買い取り、法人格をそのまま引き継ぐ方法)で取得すれば、法人は存続するため鑑定業者登録は維持されます。必要なのは役員や専任鑑定士の変更届出です。一方、事業譲渡や吸収合併で譲渡側法人が消滅する場合、登録は承継されず、買い手側で新規登録または事務所追加の手続が必要になります。買い手が鑑定士でない場合、株式譲渡を基本形にするのが自然です。登録の承継の詳細は鑑定業者登録の承継をご覧ください。
鑑定士が辞めた瞬間、登録要件を欠く
第35条の専任鑑定士要件は、買い手が鑑定士でなくても、事務所ごとに専任の鑑定士を置けば満たせます。裏を返せば、買収後に在籍鑑定士が全員離職すれば、その時点で登録要件を欠き、2週間以内に別の専任鑑定士を確保しなければなりません。鑑定士の採用市場は狭く、国土交通省の資料では鑑定業者に所属する鑑定士等は令和6年で4,496名、30歳代以下は全体の7%にとどまります。「辞めたら採ればいい」は通用しないと考えてください。
最大のリスクは「鑑定士の離職」。残留をどう設計するか
想定されるケースとして、首都圏の不動産会社が鑑定士2名の法人を株式譲渡で取得する場面を考えます。この案件で最重要条件は、鑑定士2名の残留です。価格交渉より先に、この2名が買収後も働き続ける理由を設計する必要があります。
残留インセンティブの設計例
- 雇用条件の維持・改善:報酬水準は維持が最低線。親会社の福利厚生や退職金制度に乗せられるなら明確なプラスになります
- 役職と裁量:鑑定部門の責任者として評価方針・受任判断の裁量を残す。不動産会社の営業部門の下に置かれ、指示で評価額を動かされる懸念があると離職が早まります
- 業績連動の賞与・リテンションボーナス(一定期間の在籍を条件に支払う一時金):買収から2〜3年の在籍を条件にした一時金は実務でよく使われます
- 旧代表の並走:旧代表が一定期間残り、職員の不安を吸収する役割を担います
契約上の手当て:クロージング条件とキーマン条項
契約面では、鑑定士の残留意思を確認したうえで、それを最終契約の前提条件(クロージング条件)に組み込むのが一般的です。売り手に対しては表明保証(売り手が対象会社の状況について事実を保証し、違反時に補償する条項)で、鑑定士の離職予定がないことを保証してもらう方法もあります。ただし、雇用は本人の意思であり、契約で縛りきれるものではありません。契約の具体的な条項は弁護士にご確認ください。買収前の確認事項は買収チェックリストにまとめています。
鑑定評価の独立性:グループ内案件をどう扱うか
不動産会社が鑑定会社を子会社にしたとき、多くの方が期待するのは「自社の売買物件や仕入れ案件の評価を内製する」ことです。ここに最大の注意点があります。
利害関係がある案件は第三者性が問われる
鑑定評価は、依頼者との間に利害関係がある場合に独立性が問われます。不動産鑑定評価基準は、鑑定評価書に依頼者や関与鑑定士との利害関係の有無等を記載することを求めており、親会社の案件を子会社の鑑定会社が評価すれば、その関係は開示対象になります。開示すること自体は問題ではありませんが、その鑑定評価書を金融機関・裁判所・税務当局・取引相手に提出したとき、「身内の評価」と見られて第三者性を疑われる場面が出てきます。
受任ルールを社内規程にする
私たちがおすすめするのは、買収と同時に受任ルールを文書化することです。一例を挙げます。
| 案件の種類 | 取扱いの例 |
|---|---|
| 親会社が売主・買主となる取引の評価 | 原則として外部の鑑定業者に依頼。受任する場合は利害関係を明記し、用途を社内検討に限定 |
| 親会社の顧客からの依頼(親会社は当事者でない) | 受任可。親会社経由の紹介である旨を開示 |
| 親会社の担保提供・融資に関する評価 | 提出先の金融機関に事前確認 |
| 一般の外部依頼 | 通常どおり受任 |
このルールは、鑑定士の独立性を守るだけでなく、在籍鑑定士に「評価額を歪めさせられない」という安心を与え、残留インセンティブとしても機能します。
独立性は鑑定士本人の責任
内製化のメリットと限界
メリット
- 仕入れ・開発・相続案件の初期検討で、価格の妥当性を素早く確認できる
- 税理士法人なら相続・事業承継案件で鑑定評価をワンストップ提供でき、顧客紹介の流れが安定する
- 金融系なら担保評価の外注コストと納期を管理しやすくなる
- 鑑定会社の既存顧客(金融機関・自治体・他士業)が新たな接点になる
限界
- 前述のとおり、自社が当事者となる案件の鑑定評価は外部に出すのが原則で、内製の対象は限られる
- 「不動産会社の子会社」になったことで、競合する不動産会社や一部金融機関からの外部依頼が減る可能性がある
- 公的評価のうち地価公示の評価員は個人への委嘱で会社に紐づかず、固定資産税評価は自治体との契約、競売評価人は裁判所の選任のため、承継可否は個別確認が必要
- 鑑定士の採用・育成は長期戦で、2名体制なら1名の離職で登録要件が揺らぐ
これらを踏まえると、内製化の価値は「都合のよい評価」ではなく「評価の目利きを社内に持ち、外部依頼の質を上げること」にあります。買収後の統合の進め方はPMIの実務をご覧ください。
まとめ
鑑定士でない不動産会社・士業法人・金融系企業でも、専任鑑定士を置けば鑑定会社の買収と登録維持は可能です。ただし、在籍鑑定士の離職は登録要件の喪失に直結するため、残留インセンティブと契約上の手当てを価格交渉より先に設計してください。そして、グループ内案件の受任ルールを文書化し、鑑定評価の独立性を守ることが、鑑定機能を長く使い続ける唯一の道です。税務上の取扱い(買収対価やのれんの処理)は税理士に、契約条項は弁護士にご確認ください。
鑑定機能の獲得を検討している企業のあなたへ。当社は鑑定会社・鑑定事務所専門のM&A仲介として、買収ニーズの登録から候補先の探索、M&Aの流れに沿った条件整理まで支援します。想定されるケースも参考にしてください。ぜひ一度ご相談ください。初回の無料相談も承っております。無料相談はこちらからどうぞ。
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執筆者
吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士
外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。
不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士
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