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鑑定会社M&Aの基礎読了 約6

廃業と売却、どちらが得か?鑑定事務所を閉じる前に比較すべき5つの視点

鑑定事務所の廃業と売却を、手取り、顧客への責任、職員、公的評価の空白、手間と期間の5つの視点で比較します。廃業には届出・清算・原状回復・記録保存などのコストがかかる一方、売却なら対価を受け取りつつ顧客と公的評価を引き継げます。数値例と比較表で、閉じる前に確認すべき点を整理します。

「そろそろ引退したいが、後を継ぐ者がいない。閉めるしかないだろう」。多くのオーナー鑑定士が、廃業を唯一の選択肢として受け入れています。しかし、廃業は「ゼロで終わる」選択ではありません。コストと責任が残る「マイナスで終わる」選択になることが少なくありません。

この記事では、鑑定士である私たちが、廃業と売却を5つの視点で並べて比較します。どちらが得かは事務所ごとに異なりますが、比較せずに廃業を選ぶのは、比較せずに鑑定評価額を出すのと同じくらい危ういことです。

廃業は「ゼロ」ではなく「マイナス」から始まる

廃業にかかる主なコスト

廃業を選んだ場合、一般論として次のような手続と費用が発生します。

  • 鑑定業者の廃業等の届出(第29条により30日以内)
  • 法人であれば解散・清算の登記と、清算に伴う税務申告
  • 事務所の賃貸借解約と原状回復工事
  • リース機器・システムの中途解約金
  • 職員の退職金と、退職に伴う手続
  • 鑑定評価書や帳簿など、法令上保存が求められる記録の保管場所の確保
  • 継続中の依頼の完了、または他の鑑定業者への引継ぎ

とくに見落とされがちなのが、記録の保存と原状回復です。数十年分の鑑定評価書は廃業後も一定期間の保存が求められ、自宅に持ち帰るにしても倉庫を借りるにしても、手間と費用がかかります。事務所の原状回復も、長く借りていた物件ほど高額になりがちです。

数十年の蓄積が消える

コスト以上に大きいのが、無形の損失です。あなたが積み上げた金融機関や自治体との関係、地域の取引事例の蓄積、職員の経験は、廃業した瞬間に市場価値ゼロになります。売却であれば、これらは対価に変わります。

閉じる前に比較すべき5つの視点

視点1:手取りはどちらが多いか

廃業の手取りは「清算後に残る純資産 − 廃業コスト」です。鑑定事務所は純資産が小さいことが多く、原状回復や退職金を差し引くと、手元に残る金額は限定的か、場合によってはマイナスになります。

一方、売却の手取りは「譲渡対価 − 仲介手数料 − 税金」です。士業事務所の価格目安として実務上よく使われるのが年買法(純資産に営業利益の1〜3年分を加えて価格を見積もる方法)で、士業事務所は純資産が小さいため、実質は営業利益の1〜3年分+αで語られることが多いです。

想定されるケースで比べてみます。地方都市の鑑定士1名の個人事務所、売上約1,500万円、営業利益が仮に400万円とします。年買法の目安なら、営業利益の1〜3年分で400万〜1,200万円のレンジがひとつの出発点になります。当社の手数料は譲渡価額2,000万円以下なら一律150万円(税別)ですから、対価から手数料を引いた金額が税引前の手取りです。廃業して原状回復や退職金で持ち出しになる場合と比べれば、差は小さくありません。

注意

上記はあくまで目安のレンジで、実際の価格は買い手のニーズ、公的評価の承継可否、属人性の程度など案件によって大きく変わります。具体的な税額は税理士にご確認ください。価格の考え方は「鑑定会社の売却相場と年買法」、簡易シミュレーターは「企業価値・売却相場」をご覧ください。

視点2:顧客への責任

金融機関の担保評価、相続案件、自治体の固定資産税評価。長年あなたに依頼してきた顧客は、廃業を告げられた時点で次の鑑定士を探さなければなりません。地方であれば、近隣に代替できる事務所がないこともあります。継続中の案件があれば、完了まで廃業できないか、他の鑑定業者への引継ぎ交渉が必要です。

売却なら、買い手に顧客を紹介し、一定期間並走して信頼を移していけます。想定されるケースとして、旧代表が2年間並走する形であれば、顧客は「担当が変わった」程度の負担で済みます。あなたが顧客に対して負ってきた責任を、きちんと果たしたうえで引退できるのが売却です。

視点3:職員をどうするか

廃業では職員全員が職を失います。鑑定事務所の事務職員は、評価書の作成補助や資料収集に長けた専門性の高い人材ですが、地方では同業への転職先が限られます。退職金の支払いも廃業コストとして重くのしかかります。

売却では、株式譲渡なら雇用契約はそのまま継続し、事業譲渡でも職員の同意を得て買い手に引き継げます。想定されるケースとして、都内の鑑定士3名の法人が中堅鑑定会社へ株式譲渡し、職員全員の雇用が維持される形が考えられます。「職員を路頭に迷わせたくない」という思いが、売却を選ぶ最大の理由になることも珍しくありません。

視点4:公的評価の空白

地価公示の鑑定評価員は個人として委嘱され、固定資産税評価は自治体との契約、競売評価人は裁判所の選任です。廃業すれば、あなたが担ってきた地点や地域は、他の評価員に再配分されるか、担い手が見つからないまま残ります。

地価公示評価員は令和6年に2,264名で、平成29年の2,477名から約8.6%減っており、平均年齢は50代後半です(出典:国土交通省 地価調査課「業務領域の拡大等を通じた不動産鑑定士の担い手確保に向けて〜論点整理〜」令和7年3月24日)。担い手が減るなかで、あなたの廃業は地域の評価体制にそのまま影響します。

売却であれば、承継可否は個別に確認が必要ですが、買い手の鑑定士が評価員として引き継ぐ道筋を、並走期間中に自治体や分科会と相談しながらつくれます。業界の状況は「不動産鑑定業界の高齢化をデータで読む」で整理しています。

視点5:手間と期間

廃業は「決めれば終わる」と思われがちですが、継続案件の完了、顧客への通知、職員の退職手続、賃貸借の解約、清算手続と、実際には半年から1年程度かかることが一般的です。しかも、その間の手間はすべてあなた自身が負います。

売却は買い手探しから成約まで半年から1年半程度が目安で、公的評価の年度サイクルに合わせて引継ぎ時期を決めることが多いです。期間は廃業と大きく変わりませんが、仲介者が手続を整理するため、あなたの負担は相談と面談が中心になります。準備を早く始めるほど期間は短くなり、価格も上がりやすくなります。詳しくは「引退3年前から始める売却準備」をご覧ください。

5つの視点の比較表

視点廃業売却
手取り純資産 − 廃業コスト(マイナスもあり得る)譲渡対価 − 手数料 − 税金
顧客への責任顧客が次の鑑定士を自力で探す並走期間で買い手に引き継ぐ
職員全員退職、退職金が必要雇用継続(株式譲渡なら自動)
公的評価空白が生じる引継ぎの道筋をつくれる
手間と期間半年〜1年、すべて自分で半年〜1年半、仲介者が整理

ポイント

「売れるかどうか分からないから廃業」ではなく、「売れるかどうかを確かめてから決める」のが順序です。買い手がつかなければ廃業に切り替えればよく、相談自体に費用はかかりません。

まとめ

  • 廃業は届出・清算・原状回復・記録保存などのコストがかかり、手取りがマイナスになることもあります
  • 売却なら対価を受け取りつつ、顧客・職員・公的評価を次の担い手に渡せます
  • 期間は廃業と売却で大きく変わらず、負担は売却のほうが軽くなりがちです
  • 5つの視点で比較したうえで、廃業を選ぶかどうかを決めてください

廃業を決める前に、一度だけ売却の可能性を確かめてみませんか。「売却をお考えの方へ」で流れをご確認のうえ、ぜひ一度ご相談ください。初回の無料相談も承っております。無料相談はこちら

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本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の案件に対する助言ではありません。記載の価格・相場は目安であり、実際の譲渡価額は個別の交渉により決まります。税務・法務の具体的な判断は、税理士・弁護士等の専門家にご確認ください。
吉田 健人

執筆者

吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士

外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。

不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士

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