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買収の実務読了 約11分

事業譲渡の「のれん」は償却できるのか?鑑定会社を買う側の資産調整勘定5年と、株式譲渡では経費にならない理由

事業譲渡で鑑定会社を買うと、のれんは資産調整勘定として5年(60か月)で損金になりますが、株式譲渡では経費になりません。個人事務所からの買収は営業権5年、消費税の違い、のれん1,500万円で税負担が約450万円変わる計算例と価格交渉への影響を鑑定士が整理します。

事業譲渡で鑑定会社を買ったとき、支払った対価のうち「のれん」にあたる部分は償却して経費にできるのでしょうか。「株式を買う形にすると、のれんは一切経費にならないと聞いた」「事業譲渡なら5年で落とせるらしいが、個人事務所から買うときも同じなのか」。鑑定会社や異業種の買い手、独立を考える勤務鑑定士の方にとって、こうした疑問は買収価格を決める前に解いておきたいものです。

結論を先に申し上げます。法人から事業譲渡で買えば、対価が時価純資産を超える部分は「資産調整勘定」として60か月(5年)で均等に損金になります(法人税法第62条の8)。株式譲渡で買えば、同じ金額は株式の取得価額に含まれ、買い手の法人では経費になりません。個人事業の鑑定士から買う場合は資産調整勘定ではなく「営業権」として、やはり5年で償却します。のれん1,500万円の案件なら、この違いは5年間で450万円前後の税負担の差になり得ます。

この記事では、私たち鑑定士が買い手の立場で押さえておくべき税務上ののれんの扱いを、法人税・消費税・価格交渉の3つの面から整理します。税額は買い手の課税所得や消費税の課税方式で変わりますので、具体的な判断は税理士にご確認ください。

事業譲渡の「のれん」は税務では資産調整勘定になる

会計上ののれんと税務上の資産調整勘定は別のもの

のれんとは、買収の対価が引き継いだ資産と負債の時価の差額(時価純資産)を上回る部分のことです。鑑定会社であれば、依頼者との関係、有資格者、入札の実績要件、蓄積した事例データなどの価値がここに含まれます。中身の分解は「のれんの評価はどう決まるのか」で整理しました。

会計では、のれんは20年以内の効果の及ぶ期間で規則的に償却します(企業会計基準第21号「企業結合に関する会計基準」第32項)。一方、税務には「のれん」という勘定はありません。法人が事業譲渡で資産・負債の移転を受け、支払った対価が時価純資産価額を超えるとき、その超える部分を「資産調整勘定」と呼び、会計の償却期間とは関係なく、税法が定めた期間で損金にします(法人税法第62条の8第1項)。会計で10年償却を選んでも、税務は5年で計算する、というずれが生じます。

60か月で均等に、しかも強制的に減額される

資産調整勘定は当初の金額を60で割り、その事業年度の月数を掛けた額を毎期減額「しなければならない」と定められています(同条第4項)。減額した金額はその事業年度の損金に算入されます(同条第5項)。事業年度の途中で譲り受けた場合、初年度は譲受けの日から事業年度末までの月数で按分し、1か月未満の端数は1か月として数えます(同条第11項)。

通常の減価償却との大きな違いは、損金経理の要否です。建物やソフトウエアの減価償却は、決算で費用として計上する「損金経理」をしなければ損金になりません(法人税法第31条)。資産調整勘定は損金経理の有無にかかわらず、申告書の別表(別表十六(十一))で計算して減額します。つまり、利益が出ている年に多めに、赤字の年に少なめに、といった調整はできません。

対価が時価純資産を下回れば「負債調整勘定」で益金になる

逆に、支払った対価が時価純資産価額に満たない場合、不足分は「差額負債調整勘定」として、やはり60か月で均等に益金に算入されます(同条第3項・第7項・第8項)。たとえば純資産の厚い鑑定会社を、代表の引退を急ぐ事情から純資産を下回る価格で譲り受けると、買い手には毎年課税所得が上乗せされます。「安く買えた」分にも税務上のコストが付くことは、価格を決める前に知っておくべき点です。

株式譲渡では、のれんは買い手の経費にならない

株式の取得価額に含まれ、売るか清算するまで費用化されない

株式譲渡で鑑定会社を買うと、買い手が手に入れるのは会社の株式です。買い手の法人の帳簿には「子会社株式4,500万円」のように取得価額で載るだけで、のれんに相当する部分を取り出して償却することはできません。株式の取得価額は購入代価に購入手数料など購入のために要した費用を加えた金額とされ(法人税法施行令第119条第1項第1号)、仲介手数料も原則としてここに含まれます。

この取得価額が費用になるのは、将来その株式を売却したとき、または子会社を清算したときです。何年持ち続けても、保有しているだけでは1円も損金になりません。買収した鑑定会社そのものの帳簿も変わらないため、買われた側の会社で償却が生じることもありません。

合併で「のれん」を取り出す方法には条件がある

買収後に子会社を自社に吸収合併すれば、資産調整勘定が生じる場合があります。ただし、100%子会社との合併は原則として適格合併となり、資産・負債を帳簿価額のまま引き継ぐため、資産調整勘定は生じません(法人税法第62条の8は「適格合併に該当しない合併」を対象にしています)。のれんを損金化するために非適格合併を選ぶと、子会社側で資産の時価評価による課税が起こり得ます。組織再編の税務は条件が細かく、この記事の範囲を超えますので、検討する場合は必ず税理士にご相談ください。

消費税の違い:株式は非課税、のれんは課税資産

消費税の扱いも手法で分かれます。有価証券の譲渡は非課税取引ですので(消費税法第6条・別表第二)、株式譲渡の対価に消費税はかかりません。一方、事業譲渡は資産を一つずつ譲り渡す取引ですから、資産ごとに課税・非課税を判定します。土地と売掛金などの金銭債権は非課税、建物・備品・ソフトウエア、そして営業権(のれん)は課税資産です。

のれん1,500万円なら消費税は150万円です。買い手が本則課税の課税事業者であれば仕入税額控除の対象になりますが、売り手が消費税の免税事業者で適格請求書(インボイス)を発行できない場合、控除できる割合は令和8年10月から令和11年9月までは50%に制限されます。小規模な鑑定事務所には免税事業者も想定されますので、売り手の課税区分は意向表明の前に確かめておきたい項目です。

数値例:のれん1,500万円の鑑定会社を買ったら税負担はいくら変わるか

想定されるケースの前提

次のような案件を想定します。数値はすべて説明用の仮定です。

  • 売り手は株式会社(鑑定士2名・事務職員1名)。オーナーが全株を保有
  • 引き継ぐ資産・負債の時価純資産価額は3,000万円。含み益のある不動産はない
  • 譲渡対価は4,500万円(のれん相当1,500万円)
  • 買い手は法人で、法人税・地方法人税・法人事業税・住民税を合わせた実効税率を仮に30%とする
  • 期首に譲り受け、以後5年間とも黒字が続く

株式譲渡と事業譲渡で買い手の税負担はこう変わる

事業譲渡であれば、資産調整勘定1,500万円を60か月で均等に損金にしますので、毎年300万円、5年で1,500万円が損金になります。実効税率30%なら、税負担は毎年90万円、5年合計で450万円軽くなります。株式譲渡では、この450万円は生じません。

項目株式譲渡事業譲渡
のれん相当額の損金算入なし年300万円×5年
5年間の法人税等の軽減(税率30%)0円約450万円
消費税(のれん部分)非課税150万円(本則課税なら控除対象)
鑑定業者登録維持される買い手で新規登録または事務所追加

のれんが3,000万円なら軽減額は約900万円に、のれんがほぼない案件(対価が時価純資産とほぼ同額)なら差はほとんど生じません。買い手にとっての手法の違いはのれんの大きさに比例して重くなるということです。

売り手の側では逆向きの差が生じる

買い手の有利は、そのまま売り手の不利になりやすい点にも注意が必要です。売り手のオーナーが個人として株式を譲渡すれば、譲渡益には約20%の申告分離課税で済みます。事業譲渡では、まず会社に譲渡益への法人税等がかかり、さらにその資金をオーナー個人に移す段階で配当や退職金として再び課税されます。売り手の課税の枠組みは「鑑定会社を売ったら税金はいくらか」で整理しています。

つまり「買い手は事業譲渡を望み、売り手は株式譲渡を望む」というねじれが、M&Aの交渉の構造として最初から埋め込まれています。後述のとおり、このねじれをどう価格で調整するかが実務の焦点になります。

個人事業の鑑定士から買うときは「営業権」として5年で償却する

資産調整勘定は移転元が法人の場合に限られる

資産調整勘定の対象となる事業の譲受けは、事業を移転する側が法人である場合に限られています(法人税法施行令第123条の10)。鑑定業者の登録は法人だけでなく個人でも受けられ、個人事業の鑑定事務所も存在します。個人事務所から事業譲渡で買う場合、対価のうち時価純資産を超える部分は資産調整勘定ではなく、無形固定資産の「営業権」として扱います(法人税法施行令第13条第8号ヨ)。

営業権の法定耐用年数は5年です(減価償却資産の耐用年数等に関する省令 別表第三)。償却方法は定額法ですので、結果として毎年5分の1ずつ費用化する点は資産調整勘定とよく似ています。

似ているが「損金経理」が必要になる

違いは、営業権が通常の減価償却資産であるため、損金にするには決算で償却費を計上する損金経理が必要になることです(法人税法第31条)。資産調整勘定のように申告調整だけで自動的に減額されるわけではなく、償却を忘れれば損金にできません。期中に取得した場合に月数で按分する点は同じですが、償却限度額の範囲内で償却費を計上する、という減価償却の一般ルールに従います。

買い手が勤務鑑定士で、独立して個人事業として事務所を買う場合も考え方は同じです。所得税でも営業権は減価償却資産に含まれ(所得税法施行令第6条第8号カ)、5年の定額法で事業所得の必要経費になります。独立開業と事務所承継の比較は「独立するなら開業一択は本当か」をご覧ください。

鑑定士の視点:事務所の不動産があると「のれんの額」が動く

ここで私たち鑑定士が強調したいのは、資産調整勘定も営業権も「対価と時価純資産の差額」として決まる、という点です。時価純資産には、会社や個人事業主が所有する事務所の土地・建物の時価が含まれます。帳簿価額が1,000万円の土地に2,000万円の含み益があれば、時価純資産は2,000万円増え、同じ対価でもその分のれんは小さくなります。

そして土地は償却できません。含み益の分は土地の取得価額として買い手の帳簿に載り、売却するまで費用化されないのです。建物の含み益は建物の取得価額に加わり、その耐用年数で償却します。つまり、事務所不動産を持つ鑑定会社を事業譲渡で買うとき、対価のうちいくらが「5年で落ちる部分」で、いくらが「ずっと落ちない土地」なのかは、不動産の時価をどう見るかで変わります。買収価格の総額だけでなく、資産ごとの時価の配分を、買い手自身が納得できる根拠で固めておくことが、後の税務調査への備えにもなります。

価格交渉への影響:税負担の差を誰が取るか

450万円の節税を価格にどう織り込むか

想定ケースでは、買い手は事業譲渡を選ぶことで5年間に約450万円の税負担を軽くできます。一方の売り手は事業譲渡では二段階の課税を受け、株式譲渡に比べて手取りが減ります。この構造を踏まえた交渉には、大きく3つの進め方が考えられます。

1つ目は株式譲渡を受け入れ、のれんの償却は諦める代わりに価格を抑える交渉です。買い手の立場では「株式譲渡なら償却できない分、対価を下げてほしい」という理屈が立ちます。2つ目は事業譲渡を選び、買い手が得る税効果の一部を価格に乗せて売り手の課税増を補う進め方です。3つ目は売り手の役員退職金を組み合わせ、売り手の手取りを確保しながら時価純資産を下げ、のれんの額自体を調整する設計です。いずれも税額の見積りが前提になりますので、双方の税理士を早い段階で交えてください。

鑑定業者登録の違いを忘れない

税だけで手法を選ぶのは危険です。事業譲渡では、鑑定業者の登録は買い手に引き継がれず、買い手の側で新たに登録を受けるか、既存の登録に事務所を追加する手続が必要になります(不動産の鑑定評価に関する法律第22条)。登録が切れている期間に鑑定評価を受託することはできませんので、クロージング日と登録手続の段取りを合わせる必要があります。株式譲渡では法人格が続くため登録は維持されますが、代表者や役員の変更の届出が必要です。手法ごとの登録・契約・税務の全体比較は「株式譲渡と事業譲渡、鑑定会社のM&Aではどちらを選ぶべきか」で整理しています。

買い手が意向表明の前に確かめておく4項目

税務の観点から、意向表明書を出す前に確かめておきたい項目を挙げます。

  • 売り手が法人か個人事業か(資産調整勘定か営業権かが分かれる)
  • 売り手の消費税の課税区分と、適格請求書発行事業者かどうか(控除割合に影響)
  • 事務所の土地・建物を売り手が所有しているか、その帳簿価額と時価の差
  • 自社が今後5年間、償却を吸収できる利益を見込めるか(赤字なら損金の効果は繰越欠損金に回る)

まとめ

事業譲渡の「のれん」は法人から買えば資産調整勘定として5年で均等に損金になり、株式譲渡では買い手の経費になりません。この差はのれんが大きいほど重くなります。

要点を振り返ります。

  • 法人から事業譲渡で買った場合、対価が時価純資産を超える部分は資産調整勘定となり、60か月で均等に損金算入される(法人税法第62条の8第1項・第4項・第5項)。損金経理は不要で、調整もできない
  • 株式譲渡では、のれん相当額は株式の取得価額に含まれ(法人税法施行令第119条第1項第1号)、売却か清算まで費用化されない
  • 個人事業の鑑定士から買う場合は営業権として耐用年数5年で償却するが、損金経理が必要(法人税法施行令第13条第8号、耐用年数省令別表第三)
  • 消費税は株式譲渡が非課税、事業譲渡ではのれんが課税資産。売り手が免税事業者なら控除割合が制限される
  • 想定ケース(のれん1,500万円・税率30%)では、買い手の5年間の税負担は事業譲渡の方が約450万円軽い。一方で売り手は株式譲渡の方が有利で、ねじれを価格・退職金・手法の選択で調整する
  • 事務所不動産があれば、土地の含み益はのれんではなく償却できない土地の取得価額になる。資産ごとの時価の配分が税務上の結果を左右する

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本記事は一般的な情報提供を目的としており、個別の案件に対する助言ではありません。記載の価格・相場は目安であり、実際の譲渡価額は個別の交渉により決まります。税務・法務の具体的な判断は、税理士・弁護士等の専門家にご確認ください。

鑑定業者の登録や専任の不動産鑑定士、公的評価の扱いまで含めた承継の全体像は鑑定会社のM&A・事業承継のページでまとめています。

吉田 健人

執筆者

吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士

外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。

不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士

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