株式譲渡と事業譲渡、鑑定会社のM&Aではどちらを選ぶべきか?鑑定業者登録の継続・契約の承継・税務の枠組みから比較する
鑑定会社のM&Aで最初に決めるべき「株式譲渡か事業譲渡か」を、鑑定業者登録が維持されるか(第22条・第29条)、個人事業は事業譲渡のみという原則、顧客・賃貸借・雇用契約の承継、税務の枠組みの4点から比較します。比較表と選び方の判断軸も掲載しています。
「株式譲渡と事業譲渡、どちらがいいのか」。鑑定会社のM&Aで、売り手からも買い手からも最初に受ける質問です。一般のM&A解説では「株式譲渡は簡単、事業譲渡は選べる」と説明されますが、鑑定会社には一つ決定的な違いがあります。鑑定業者登録が引き継がれるかどうかです。
この記事では、鑑定士である私たちが、登録・契約・税務の3つの軸で両者を比較し、あなたの事務所ではどちらが現実的かを判断できるように整理します。
2つの手法の基本的な違い
株式譲渡は「会社ごと」渡す
株式譲渡は、オーナーが保有する株式を買い手に売ることで、会社の支配権を移す手法です。会社そのものは何も変わらず、株主だけが入れ替わります。会社が持つ資産・負債・契約・許認可・職員は、原則としてすべてそのまま残ります。
事業譲渡は「中身を選んで」渡す
事業譲渡は、会社が営む事業の全部または一部を、資産・負債・契約単位で買い手に移す手法です。買い手は引き継ぐものを選べる反面、契約は一つひとつ相手方の同意を得て移し替える必要があります。個人事業の鑑定事務所には株式がありませんから、承継の手法は事業譲渡に限られます。
鑑定業者登録はどうなるか
株式譲渡なら登録は維持される
株式譲渡では法人格が続くため、鑑定業者登録はそのまま維持されます。ただし役員や専任の不動産鑑定士が変わる場合は変更の届出が必要です。登録の空白期間が生じないため、クロージングの翌日から鑑定業務を続けられます。これが鑑定会社のM&Aで株式譲渡が第一候補になる最大の理由です。
事業譲渡では登録は承継されない
事業譲渡や吸収合併で譲渡側の法人が消滅する場合、鑑定業者登録は買い手に承継されません。買い手側で新規登録を行うか、買い手がすでに鑑定業者であれば事務所追加の手続をとる必要があります。譲渡側は廃業等の届出(第29条)を30日以内に行います。
登録の取得には審査期間があるため、事業譲渡では「買い手の登録が下りる日」と「事業の引渡し日」を逆算して設計しなければ、業務が止まる期間が生じます。事務所ごとに専任の不動産鑑定士を置く要件(第35条)を、買い手側で誰が満たすかも同時に決めておきます。登録手続の実務は「鑑定業者登録の承継」で詳しく扱っています。
個人事業は事業譲渡のみ
個人の鑑定業者は株式がないため、事業譲渡しか選べません。買い手が独立希望の鑑定士なら、買い手が新たに個人または法人として登録を受け、顧客・事務所・職員を引き継ぐ形になります。個人事務所の売却は「個人事務所の売却」で個別に整理しています。
ポイント
契約の承継:顧客・賃貸借・雇用
顧客との契約
株式譲渡では、金融機関や自治体との継続的な取引関係はそのまま残ります。ただし契約書にチェンジ・オブ・コントロール条項(支配権の変更時に相手方が契約を解除できる条項)があれば、事前の通知や同意が必要です。事業譲渡では、顧客ごとに契約の切替えが必要で、取引先が多いほど手間が増えます。
なお、地価公示の鑑定評価員は個人として委嘱され、固定資産税評価は自治体との契約、競売評価人は裁判所の選任です。これらは株式譲渡であっても自動的に引き継がれるものではなく、承継可否は個別に確認が必要です。
事務所の賃貸借
株式譲渡では賃借人は法人のまま変わりません(賃貸借契約に支配権変更時の通知義務があれば対応します)。事業譲渡では賃借人が変わるため、貸主の承諾を得て契約を締結し直します。
職員の雇用
株式譲渡では雇用契約はそのまま継続します。事業譲渡では、職員一人ひとりの同意を得て買い手との雇用契約を結び直す必要があります。想定されるケースとして、都内の鑑定士3名の法人が中堅鑑定会社へ株式譲渡し、職員全員の雇用を維持する場合、株式譲渡であれば雇用契約の締結し直しは不要です。専任鑑定士の残留が買い手の最重要条件になる案件では、この差が大きく効きます。
税務の枠組み
株式譲渡:株主個人の譲渡所得
株式譲渡では、譲渡対価を受け取るのは株主であるオーナー個人です。一般に、個人の株式譲渡益は他の所得と分離して課税される枠組みで語られます。会社側には原則として課税が生じません。
事業譲渡:法人の譲渡益と消費税
事業譲渡では、譲渡対価を受け取るのは会社です。譲渡益は法人の所得として法人税の対象になり、譲渡対価をオーナー個人に移すには役員退職金や配当などの別の手当てが必要です。また、事業譲渡で移転する資産のうち課税対象となるものには消費税の検討も必要です。個人事業の事業譲渡では、譲渡する資産の種類に応じて所得区分が分かれます。
税務について
比較表と選び方
| 比較項目 | 株式譲渡 | 事業譲渡 |
|---|---|---|
| 鑑定業者登録 | 維持(変更届出) | 承継されず、買い手が新規登録・事務所追加 |
| 顧客契約 | 原則そのまま | 個別に切替え |
| 賃貸借契約 | そのまま | 貸主承諾のうえ再契約 |
| 雇用契約 | そのまま | 職員の同意を得て再契約 |
| 簿外債務のリスク | 買い手が引き継ぐ | 選んだ資産・負債のみ |
| 対価の受取人 | オーナー個人 | 会社(個人事業なら個人) |
| 個人事業 | 使えない | 使える |
選び方の判断軸は次の3つです。
- 法人か個人事業か。個人事業なら事業譲渡一択です
- 買い手が登録の空白を許容できるか。金融機関の担保評価など継続案件が多いなら株式譲渡が有利です
- 買い手が引き継ぎたくない負債や契約があるか。あるなら事業譲渡で切り分けます
契約書の法的効果や表明保証(売り手が会社の状態について保証する条項)の設計は弁護士にご確認ください。全体の流れは「M&Aの流れ」を、価格の目安は「企業価値・売却相場」をご覧ください。
まとめ
- 株式譲渡は法人格が続くため鑑定業者登録が維持され、契約・雇用もそのまま残ります
- 事業譲渡では登録は承継されず、買い手側で新規登録または事務所追加の手続が必要です
- 個人事業の鑑定事務所は事業譲渡のみで、将来の売却を考えるなら法人化を検討する価値があります
- 税務は対価の受取人が変わる点が本質的な違いで、具体的な税額は税理士にご確認ください
どちらの手法があなたの事務所に合うか、登録と公的評価の扱いも含めて、ぜひ一度ご相談ください。初回の無料相談も承っております。無料相談はこちら
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執筆者
吉田 健人代表取締役社長・不動産鑑定士
外資IT企業で法人営業に従事するかたわら、不動産鑑定士として株式会社KRE Appraisalを設立。鑑定実務と外資ITの営業・M&A支援の経験を活かし、不動産鑑定会社のM&A・事業承継を支援している。
不動産鑑定士/宅地建物取引士/賃貸不動産経営管理士
鑑定会社の売却・買収・承継を、同業の鑑定士に相談する
相談無料・完全成功報酬・秘密厳守。会社名を伏せたままでも構いません。
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